私が何故?葬儀の業界に入ったのか?

私は、何故、葬儀業界に入ったのか・・・

私がこの業界に入る前は、政治の仕事に携わっていました。保守本流の思想で、自民党の支持者でした。九州地方で選挙活動に従事し、ある時、選挙で伝説となるような働きをしたことで、一挙に、私の名が有名になり、市議、県議、参議院、衆議院、とあらゆる選挙の応援依頼が来るようになりました。
あちらこちらで、講演もしていた関係で私を熱心に支持してくれる方も多くなり、また、
地域の有力者、全国的な有力者が経済的な支援までしていただけるようになりました。
そのため、事務所まで持てるようになり。
自民党市支部連合会の青年部次長の肩書をいただき、また、時々、自民長県連支部合会の非常勤の講師として、自民党の各支部でも講演依頼を受けるようにもなりました。
遂には、当時、法務大臣をされていた参議院議員から「私の秘書になって下さい」と請われ。法務大臣秘書の肩書もいただくようになりました。
その時は、まだ30歳過ぎたころの若造でした。
ところが、政治の世界は華やかですが、休みもないし、政治家は「金と票に弱い」という現実も見えてきました。
私は、急に「中小企業の親父として、のんびり過ごして、時には政治活動で疲れた政治家や秘書などをご馳走してあげるような身分になりたいもんだ」などと考え始めたのです。
それで、政治の世界から足を洗って実家の静岡に帰ってしまいました。
すると、選挙で共に闘った九州地方の有力な財界人から電話がきて「何をしてるんだ?」と問われます・・・で「浪人してます」と応えると、「金を出すから会社をつくりなさい」との仰せ・・・勿論、簡単に起業できるわけもなく、色んな紆余曲折を経て、現在の会社を企業し、この会社も起業してから32年を過ぎました。
残念ながら、バブルを過ぎた後からの起業でしたので大儲けはできません。
また、お人よしだからなのか、貸したまま却って来ない金額も相当にあります。
騙されもしました。悪意を持って近づき、マーケットを奪った人もいました。そのために、相当のいわれなきデマを撒かれました。それでも、支えてくださった友人も多く、現在まで潰れることなく続けてくることができました、
ある時、顧問税理士に言われました「普通の人だったら、3~4回、この会社潰れてますよ」と、私は「運」の良い人間だと、いつも神様とご先祖様に感謝しています。
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